チープ・シック ➖ お金をかけないでシックに着こなす法
いまから45年ほど前に、カテリーヌ・ミリネアとキャロル・トロイという2人の女性によって刊行された本が「CHIEAP CHIC : Hundreds of Money Saving Hints to Create Your Own Great Look」です
刊行されるや話題を呼び、4年後には「CHIEAP CHIC Update」というアップデイトされた続編まで刊行されたました。
1975年のオリジナル英語版から2年後に出版されたのが「チープ・シックーお金をかけないでシックに着こなす法」という邦訳版です。翻訳には、あの「スローなブギにしてくれ」「ボビーに首ったけ」などで有名な片岡義男氏。いまだに発行されて、世界でも珍しい「超」ロングセラーなのです。
テーマ別に個性とハーモニーする着こなしのヒント
内容は、テーマを「ベーシック」「クラシック」「アンティーク」「スポーツウェア」「エスニック」「ラッピング(1枚の布)」「ワークウェア」「ミックススタイル」に分け、300枚ほどの写真をつけて着こなしのヒントを提案しています。テーマの最後には、当時の最先端をいっていたデザイナーや雑誌の編集者、大学生などがコメントを寄せています。
サンローラン、ケンゾーや伝説的セレクトショップも出ている
その中には、後にパリのファッション界の大御所になったイブ・サンローランも登場しています。
また、写真だけですが、当時のパリに住んで「ジャングル・ジャップ」というブティックを出していた頃の高田賢三氏。「renoma」のジャケットにポップな柄のニットベストを中に着た賢三氏が1ページ使って載っていたり、同じくパリで伝説のセレクトショップ「GLOBE」を営んでいたピエール・フルニエ氏を訪れて、仏軍のポンチョを着た女性スタッフの姿を1ページ使って紹介していたり、いまでも興味深い内容が散りばめられています。
チープシックって、安くていいものをうまく着ること?
「チープ・シック」と言う言葉から受ける印象としては、「安くていいものを探して、うまく自分なりに着こなすこと」のように思いますが、それだけではないようです。
私たち日本人は、この本の発売後、80〜90年代にバブル経済を経験し、衣・食・住に関して当時に比べて、もの凄く進歩したと思います。
特に、ことファッションに関していえば、今の時代においては、「プチプラ」や「バリューあるいはリーズナブル・コーディネイト」とかで表現された、ユニクロ、GU、しまむらといったファストファッションブランドをうまく組み合わせたスタイリングが、いろんなメディアを賑わせています。そして、そうした日本人のファッションの完成度はとても高く、海外のメゾンのデザイナーがリサーチに来るほどです。
だけど、この本で語るチープシックの本質とは「着ていて気分の良くなってくるような服を、数少なくてもいいからきちんとそろえて、自分のスタイルの基本にしよう」と提案しているのです。
これこそが「いまの時代にも通じる普遍のテーマ」であり、この本がロングセラーを続ける理由なのでしょう。
著者たちが語る「チープ・シック」の本質
この本の著者の一人、カテリーヌ・ミリネアが「チープ・シック」のコンセプトを「とてもシンプルです。第一に、長い間着られるクラシック・クオリティ(定番スタイル)を見つけること。そしてカラフルなものや遊び心のあるものを足して、自分なりのスタイルにしていくこと。シンプルさ、実用性、クリエイティブさ、健康的な体、ファッションに振り回されない自立性。」と言っています。このコンセプトは、普遍的でいつの時代にも通用するものです。「トレンドを追う必要はなく、高品質で長持ちをするもの、そして自分の体に合うものを見つけてください。新しくても、ヴィンテージでも、いま持っている服や新しく買いたい靴などを合うものだけ買ってボロボロになるまで着るのです。」
更にカテリーヌは「もう一つ忘れてはならないのは、着なくなった洋服をチャリティショップや友人に譲ることです。新しく一枚買うごとに一枚譲るようにしましょう」と語っています。
もうひとりの著者キャロル・トロイは「ファストファッションは、ただの質の悪い消費物にも、一生使える秀逸品にもなり得ます。洋服は長持ちする作りであることが大切であることを知っていてください。大量生産という考えは問題ありません。ただ、それが単なる「流行もの」だったり、途上国で不当労働行為によって作られたものだとしたら、買う前に考え直して見てください。〈中略〉せめて形にできるファッションで健康的な精神を保ってほしいと思っています。」ともう少し意味深なことを語っています。
そして、訳者の片岡義男さんは「翻訳してるうちに、この本は、単なるハウツー的なガイドブックではないことがだんだんわかってきました。「チープ・シック」の「チープ」とは、お金を上手にかけるという意味であって、価格が安ければいいという問題ではない。また「シック」とは人それぞれの歴史の表れ、つまり経験や知識によって蓄積された人格や品性のようなものですから、外部で取り繕うことができません。安くあげてシックになれるなら理想的ですよね。「お金よりセンス」ということですが、逆に言えば一番難しいところです。」
1975年という時代背景
この本が、発刊された1975年という時代が一つのキーワードになっていると思います。
1963年のケネディ暗殺からベトナム戦争に突入した米国から端を発した反戦運動により生まれた「ヒッピーカルチャー」が、全世界に飛び火するかたちで、イギリスの「アンダーグランド」やフランスの「5月革命」チェコの「プラハの春」などの若者たちのムーブメントを生み、世界中でカウンターカルチャーが吹き荒れました。
75年4月ベトナム戦争の「サイゴン陥落」により、この荒ぶれたムーブメントが収束していき、若者たちは、落ち着きを取り戻していきました。
1975年は、このような若者の荒ぶるパワーが、他の文化へと移っていった時代だったのです。
映画では、ハリウッドに代表される「アメリカン・ニューシネマ」、音楽では、それまでのサイケデリックで政治的なメッセージを含んだロックなものから「ウェストコースト・サウンド」や「ディスコ・ミュージック」や英国では、不景気で反社会的っぽいけれど、ファッションから生まれたパンク・ミュージックに変わって行きました。
ファッション界では、高級服がオートクチュールからプレタポルテ(既製服)に変わっていき、新しいメゾンが次々に立ち上がり、もっと日常の服も、ヒッピーカルチャーで広まり、いままで下着だった「Tシャツ」や作業服だった「ジーンズ」がその快適性から若者だけではなく、各世代で市民権を得ていった時代でもありました。
こうして、ひとつ前の時代とは全く違う価値観が、世界(もう少し正確にいうと、資本主義を標榜していた西側諸国)に一気に広がったことが、この「チープシック」を生み出す原動力になったのです。
俗にいう「カウンターカルチャー」というムーブメントが、多くの人々や文化に影響を与えました。
カウンターカルチャーと呼ばれる時代の終焉を迎える1975年という年は、20世紀後半の大きな転換点になったことは間違いなく、この時代に生まれた文化・思想・モノなどが、いまも消えることなく、この2020年代にまで脈々と受け継がれています。
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